突然ですが、私は文系出身です。
どちらかと言えば、コンピュータは好きではない方です。のっけから失礼しました。
1992年4月、バブル経済最後の年に私は社会人としての第一歩を踏み出しました。
今思えば、もっと気を入れて勉強しておくのだった、と反省していますが、大学生活において、私は父、母、神様から頂いた貴重な時間の殆どを音楽とそれに付随するレクリエーション(例えば部室争奪テニス大会や、ピンポン世界一決定戦、音系3団体対抗釣りごろ釣られごろ選手権、異種格闘技寝技ジャンボリーなどなど)に費やしており、殆ど勉強をしませんでした。おとうさん、おかあさん、ごめんなさい。
大学の授業にも正直出た記憶が殆どありません。
当時、情報処理概論というイカツイ名前の単位を取得しているにも関わらず、それがコンピュータに関する授業であった事は卒業してから知りました。では、なぜコンピュータ業界で働いてきたのか?
今日は私の社会人デビューを振り返ります。
最初に入社した会社は事務機屋さんでした。800名強の従業員数の大半がルートセールス、当時はアスクルや、たのメールなど無かった時代ですから、セールスマンは担当顧客先を軽自動車で一日10件ほど周り、鉛筆や消しゴム、ファイルなどの事務用品の御用聞きを行うのです。
入社から2ヶ月間、基本的なビジネスマナー教育や会社の歴史などを学んだ後、適性検査の結果によって部門の配属が決まります。私の代は50名弱の新卒が入社しました。
ある時、社長が呼んでる、という事で社長応接に向かいました。
なんだろう?心臓が早鐘を鳴らします。少し思い当たることがあり、気弱な私はビクビクしながら社長室の前に立ちました。
・研修中、半分以上眠っていた事がバレていたのだろうか?
・それとも先日、研修合宿についての新卒レポートが社内報に掲載されていたが、私の書いたものがそのまま載っていた。ちょっと(かなり)チャンドラーのハードボイルド小説風に書いたのがマサカそのまま載るとは思わなかった。
・いやいや、もしかしたら、こっそりと営業部長と副部長にあだ名を付けてた事か?
・さらにそれを出来るだけ皆に広めようと画策していいた方が罪としては重いか?
・”ヨコワケブラザーズ”。響きとしては決して悪くはないはずだが、もしかしたらお気を悪くされて社長に報告されたのだろうか?
・いや、まてよ、もしかしたら駄目だと言われているバイク通勤を誰かが点数稼ぎにタレ込んだのだろうか?
・やっぱりマフラーはノーマルに戻しておくべきだったのか?
思い返せば返すほど、後ろめたい事が多くありすぎました。心臓がバクハツしそうです。
多分、社内報のことだろう、と覚悟を決めてノック。
コンコン。
「はい?」
ガチャ、「失礼します。新卒の前田です。お呼びと伺い参りました!」
(社長と、入社式の時に顔だけ見たことあるダンディーな男の人が隣に座っている。。。)
「おー、まぁこっちゃ来て座りたまえ。」
「はいっ。」(やけに喉が乾きやがる。。)「スプレー、あ、いゃ、しつれいします。」(汗)
・・・沈黙・・・なんか紙見てる。。。何が書いてあるんやろ???・・・社内報か??
「前田くん、どないや?研修。そろそろ慣れてきたか?」
「は、はい!大丈夫であります!諸先輩方も大変優しくして下さっています。」
「そーかそーか、そりゃ良かったな。まぁあとちょっと研修やな。気ぃ抜かんと気張ったれや?」
「あ、はい。」(アメとムチか? 雷は何時落ちんねや?)
「ところでな、君に聴きたいんやが、ウチに電算機事業部ちゅー部署があるの知ってるか?」
(!?!?、たしか研修でそんな事を言っていたような気がするが殆ど覚えてない。冷たい汗が背中を一筋)
「あ、はぃ。名前は聞いたことありますが、、」
「まぁ、まぁ気にせんでエエ、殆ど知られてない部署や。要するに我々のお客様に対して、コンピュータのシステムを開発して提供している、ちゅう部門やな。」
「はぁ、そうなんですか。」
「ところで君、コンピュータは使えるか?」
(・・・)「いえ、」
「でも、情報処理とってるな。」
はい、(でも、、、)
「もし、この電算機営業部に行ってくれ、と言われたらどうや?やってくれるか?」
「・・・はい、でも、あの、、、自分は、あんまり、というか、ほとんどと言うか、、コンピュータってあんまりよくわからんですたい、、 (突然の事でシドロモドロで、最後は何故か熊本弁?)
「はぁ?よー聞こえんなぁ、どないや?」
「あ、はい、すんません。自分はヤレと言われれば、どんなことでも一生懸命頑張ります!」
「ほーか、ほーか。 ありがとう。じゃ、戻っていいよ。」
・・・?ん? なんやったんやろ。
研修場に戻り、周りの奴らに聞いてみた。
すると、他に都合6名程、同じように呼ばれて同じ質問された。との事。
で、なんて答えたん? と私。
んなもん、無理です!って答えたよ。コンピュータなんか解からんし。
(そら、俺も同じや、でも社会人の合言葉はYesや無いのか?)
俺も、絶対無理です、って言うたよ。
(ブルータス、お前もか?)
ノーコメントはうつむき加減な2名のみ。
そして1週間後、新卒の辞令交付式。
私の名前の後には、「電算機事業部 システム開発課 勤務を命ずる」
うやうやしく辞令を受け取り、そのまま配属の部門へ。
「ようこそ、電算機事業部へ!君たちには、来週から2ヶ月間、千葉へ研修に行って頂きます」
え~~~!先週、うつ向いて元気のなかった他2名と一緒に私は言葉を失いました。
翌週から、千葉県は千葉市美浜区にある研修センターと5km離れたホテルを毎朝毎晩、専用送迎バスで往復する研修生活がスタート。
内田洋行のディーラーであった事もあり、USAC(ユーザック)という当時のオフコンをマスターするためのディーラー新卒向け研修プログラムでした。
全国のディーラーからSE候補100名、セールス100名が送り込まれてきていました。
聞けば全員、コンピューター専門学校卒や理工学部など理系出身者、皆コンピュータに慣れ親しんだ者ばかり。
自社から来た4人(新卒3人と中途1人)何れもが、コンピュータって何?という感じであり、改めて「どないな人選しとんねん!」と怒りがムラムラと湧いてきました。
その夜ホテルで自社メンバー達と緊急作戦会議。
逃げて帰るという選択肢は早い段階で消え去り、結局は、今は最下位からのスタートやけど、諦めんと頑張って、せめてTOP25%には入ろう、という事になりました。いやぁ振り返っても熱い!
負けず嫌いではあるが、諦めも早い私を、周りの同僚が何度も助けてくれました。
毎晩、我々のチームだけ居残りで必死で追いつけ追い越せと勉強し、夜道を歩いてホテルへ戻る。そんな毎日でした。
お陰さまで、全員が最終試験1発合格。面目躍如。あっという間の2ヶ月研修でした。その2ヶ月間、挫けそうになる度に励ましてくれたのが、ホテル暮らしの最初の週末に買い求めたこのゾーさんギターだったのです。
改めて自分が初めてコンピュータに触れた時の事や、当時のお客様の顔を思い出して、一人ほくそ笑んでしまった回でした。
バーベキューやキャンプなどで大活躍のこのギター。ちょっとフレット音痴な所がありますが、アンプ内蔵で屋外でのちょっとした演奏にピッタリ!
一家に一台、ゾーさんギター。お薦めですたい!
オフコン広場:
私が良くヒーコラ言いながら悪戦苦闘したUSAC8800とGX端末。
全然ギターと関係無くなっちゃってるんですけどっ。
私が良くヒーコラ言いながら悪戦苦闘したUSAC8800とGX端末。
http://www.uchida.co.jp/system/offcom/archive/product/usac8800.html
http://www.uchida.co.jp/system/offcom/archive/product/usac8800.html



